2025.10.9 進路指導

帰国生を支えるための視点 その② 「渡航・渡米の時期」

吉田 栄一 写真
海外大学進学研究会コンサルタント吉田 栄一Eiichi Yoshida

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飛行機が飛んでいる空の画像

「渡航・渡米の時期」の違いによる、帰国生理解 

海外からの帰国子女と一口に言っても、その背景は千差万別です。私たち教員がそれぞれの生徒が持つユニークな強みと、見えにくい課題を理解するためには、単に言語力(英語力)、異文化経験と理解だけでなく、その海外経験がどのように形成されたのかを知ることが不可欠です。一人ひとりの生徒が抱える課題や可能性を正確に理解し、適切なサポートにつなげるために「渡航・渡米の時期」の観点から考察をまとめます。

幼稚園以前に渡航(渡米)

◆言語習得

日本語力

  • 日本語の音声環境が限られ、日本語基礎(語彙・文法)が十分に育つ前に英語環境に入るため、日本語習得が不安定になりやすい。
  • 特に文字習得(ひらがな・カタカナ)を経験せず渡米した場合、後に大きな遅れが生じることがある。漢字学習に関しては言うまでもなく、補習授業校などに通わない場合には、常用漢字の習得は難しい。

英語力

  • 幼少期は言語吸収力が高く、短期間でネイティブに近い発音や自然な言い回しなどを獲得できる。
  • 英語優位型(日本語に関しては日常会話程度)のバイリンガルになりやすい。

帰国後の影響

  • 日本語の書記言語能力にギャップが生じやすい。
  • 日本語補習・家庭学習をどの程度行ったかで、将来獲得できる日本語力に大きな差が出る。

小学校低学年(キンダー~2年生頃)から滞在開始

日本語の読み書きが未成熟な段階で渡米→ 補習校に通う、通信教材で日本語の読み書きの学習を続ける、くもんなどの教材で補習するか否かで、日本語力の定着に大きな差が出やすい。

◆言語習得

日本語力

  • 読み書きが未成熟の段階で渡米すると、日本語が第一言語として定着するかどうかの分岐点に立たされる。(現地校で日々新しい言葉を学習してくるが、その言葉を日本語でも同時に増やせるかどうかで、バイリンガルのバランスが決まる。)
  • 補習校や家庭で継続的に日本語教育を受けるかどうかで「日本語力が維持されるか・衰退するか」が大きく分かれる。

英語力

  • 吸収力が高く、英語の日常会話(生活言語)は意外と短期間で身につきはじめる。
  • 学習言語としての英語についても努力次第で十分獲得可能(どんどん新しい語彙を増やしていく)。

帰国後の影響

  • 日本語をしっかり補強していれば(現地校で日々増えていった語彙を日本語でも確認するような作業ができていれば)、バランスバイリンガルの基盤を築きやすい。
  • 日本語学習が不十分だと「英語は得意だが日本語が弱い」(英語ではわかるが、日本語ではなんというのかわからない)状態になるリスクあり。

小学校中学年(3~4年生頃)から滞在開始

すでに日本語の基礎ができているが、英語力はまだ初学者としてスタート。二言語を並行してバランスよく発達させられる可能性があるが、努力とサポート次第では大きく差がでる。

◆言語習得

日本語力

  • 日本語の基礎が確立しており、帰国後も比較的維持しやすい。
  • ただし漢字習得など中学以降の学習日本語に関しては空白が生じやすい。特に、漢字学習が学年相応でない場合には、日本語力があまりのびないこともある。

英語力

  • ゼロからのスタートだが、子どもは柔軟に吸収し、1〜2年で日常会話(生活言語)を獲得可能。
  • 学習言語としての英語力は、努力とサポート次第で伸びに差が出る。日常会話(生活言語)と、学習言語を混同せず、しっかり学習言語を習得する努力が必要。

帰国後の影響

  • 英語・日本語の両方を並行してバランスよく発達させられる可能性が高く、バランスバイリンガルとして安定しやすいという意味では渡航・渡米の「黄金期」とも言える。

小学校高学年(5~6年生頃)から滞在開始

日本語学習はある程度確立している時期に渡米 既に母語として日本語が定着しているため、英語習得には比較的苦労するが、学習意欲や適応力が高ければ短期間で習得可能。 日本語の維持はしやすいが、英語でのアカデミックな学習(すでにLearn to Readの時期を過ぎ、Read to Learnの時期に差し掛かっているため)に追いついていくには時間がかかることがある。

◆言語習得

日本語力

  • 日本語の読み書き・基礎学力は確立しているため、帰国後に「日本語を取り戻せない」というリスクは少ない。
  • ただし渡米後、日本語学習を止めてしまうと、徐々に文章表現力や抽象語彙などが弱くなることもある。

英語力

  • 習得に時間がかかり、特に学習言語としての英語(語彙の習得)のキャッチアップが難しい。
  • 現地で幼少期を過ごして者ならば、当然知っているであろう(幼~小学校で習得する基本の語彙)言葉が抜けているのに加えて、新しい言葉についても追いついていかなければならないため。
  • しかし適応力・学習意欲・継続的努力があれば数年で実用レベルに達する。

帰国後の影響

  • 日本語の維持は安定的だが、英語力の伸びに関しては非常に個人差が大きい。
  • 中学受験・高校受験の時期に重なるため、家庭の進学方針と密接に関わる。英語力を武器にするほど英語が上達しているか、日本語で勝負できるほど日本語の学習レベルが高いか。また、昨今の中等教育学校(中高6年のプログラム)なども、帰国時期などに関しては、家庭の判断を難しくしている。

中学生(12歳~15歳頃)で滞在開始

母語(日本語)が完成しつつある段階で渡米 英語は第二言語としての習得になり、日常会話(生活言語)は比較的早く身につくが、アカデミック英語(学習言語の習得)は難しい。アイデンティティ形成期と重なるため、適応や居場所感に影響が出やすい。この時期に渡航・渡米する子どもたちは、得意なもの、自信のあるもの(音楽、スポーツ、趣味など)言語を問わずに友人やコミュニティーを形成できるツールを持っていると、そこからいろいろなことが開けていく。

◆言語習得

日本語力

  • 母語として完成しつつあるため、日本語は語彙、漢字などについても安定して維持される。
  • ただし渡米後に日本語使用が極端に減ると、作文・長文読解など高度な日本語力は低下する傾向がある。

英語力

  • 日常会話(生活言語)は比較的早く身につくが、アカデミック英語(論文読解・作文)は習得が困難。
  • 基本的な英語の学びと、新しい学習ターム(言語)の両方を同時進行で学んでいかなければならないという大変さがある。
  • 現地の同年代との言語力の差が顕著に感じられ、学校での劣等感(無力感、羞恥心からくる語学シャイ、語学コンプレックスなど)につながりやすい。

帰国後の影響

  • 「日本語は問題ないが英語力は思ったほど伸びていない」という状態になりやすい。
  • アイデンティティの揺らぎや適応困難(海外滞在中の期間がぽっかり空いてしまっている状態、どちらの中途半端)が生じやすい時期でもある。

高校生(15歳~18歳頃)で滞在開始

日本語は完成しているが、英語はゼロから挑戦。大学進学やキャリアに直結する時期なので、短期間での英語習得プレッシャーが大きい。帰国後も「英語力不足/日本語の学習空白」という二重の課題を抱えやすい。反対に、適応できればバイリンガル力+強靭な学習力を発揮するケースもある。

◆言語習得

日本語力

  • 母語としての日本語は、ほぼ完成しているため、帰国後に日本語力が不安定になることは少ない。

英語力

  • 高度な思考力はあるが、新しい言語を短期間で習得するのには困難が伴う。
  • この時期の学習は大学進学やキャリアに直結するため、短期集中での学習を強いられる。
  • 成功例では「強靭な学習力」としての英語習得が評価される。(日本語はしっかりしているので、英語力が伸びれば伸びただけ自分の武器になる)

帰国後の影響

  • 英語力不足と日本語の学習空白の両方に直面しやすい。
  • スムーズに適応できた場合、非常に強い国際的資質を持つ人材となる。

生まれた時からアメリカ在住(現地出生)

幼少期から現地校主体で学び、家庭環境次第で日本語力に差が生じる。日本語補習や家庭教育サポートがないと、日本語力が弱くなりやすい。異文化理解力や英語の基盤は非常に強い、文化的にも言語的にも基本ネイティブ。

◆言語習得

日本語力

  • 家庭や補習校での支援がない場合、日本語の習得は大きく遅れる。
  • 音声は理解できても、文字や文章表現は弱くなるケースが多い。

英語力

  • 幼少期から現地校で育ち、自然にネイティブと同等の力を獲得。
  • 多文化理解力・柔軟な適応力、アメリカの教育の目指す、自分で考え判断できる社会人を育てる(論理的思考やクリティカルシンキングなどもしっかり身についている)目的が高いレベルで達成されている。

帰国後の影響

  • 「英語は強いが日本語に課題」「典型的なアメリカ人、文化的な面でも外国人」という帰国子女像というよりは外国人(日系人)になりやすい。
  • 日本語補習をどこまで(中学校3年生までできれば最高)継続できていたかどうかで将来広がる視野が大きく変わる。

では、私たちはこの情報をどのように活かせるのか?

◆「受け入れの際には、個々の生徒の渡航・渡米の時期について調査をする」個別のニーズ(何を活かし、どんなサポートが必要か)をしっかりと把握する

◆「日本語や学習面での見えないギャップを理解し、補習や個別の配慮を検討する」本人のニーズ(何を活かし、どんなサポートが必要か)をしっかりと把握する

◆「海外での経験や多様な文化を教室や学校で活かす機会を作る」本人が海外での経験や体験、身につけた能力などをプラスに捉え、それを活かして行こうという意欲を持てるようにリードする